アークホテル北見

〒090-0036 北海道北見市幸町1丁目1-1

アークホテル北見
↑外観

市街地に位置するビジネス観光に便利なホテル

諸官庁や繁華街に近く、ビジネスにも観光にも使えるホテル。駐車場無料。

アークホテル北見

アークホテル北見画像1 アークホテル北見画像2 アークホテル北見画像3

北見グリーンホテル

〒090-0045 北海道北見市北5条西3-14-1

北見グリーンホテル
↑外観

正面玄関前が繁華街と言う好立地。観光やビジネスの拠点に最適!

清潔感溢れる客室と繁華街にありながら館内、客室とも静かでちょっとしたオアシス気分。一日の疲れを癒してくれること間違いなし!

北見グリーンホテル

北見グリーンホテル画像1 北見グリーンホテル画像2 北見グリーンホテル画像3

北見東急イン

〒090-0040 北海道北見市大通西2-1

北見東急イン
↑ホテル外観

JR北見駅、バスターミナルも近くにあり交通の便が良いです。

東急百貨店や東急観光も併設し旅をするには絶好のロケーションです。またロビー、お部屋の改装も致しましたので大変明るく綺麗になりました。

北見東急イン

北見東急イン画像1 北見東急イン画像2 北見東急イン画像3

北見ピアソンホテル

〒090-0043 北海道北見市北3条西3丁目6

北見ピアソンホテル
↑ホテル外観

道東のビジネス・観光に最適。細やかな心配りで快適な宿泊を

天然温泉メンズサウナ「若松の湯」、本格中華「瀋陽飯店」、和食処「ちさん亭」を備え、道東北見の拠点としてお客様をお迎え。

北見ピアソンホテル

北見ピアソンホテル画像1 北見ピアソンホテル画像2 北見ピアソンホテル画像3

スーパーホテル 北見

〒090-0044 北海道北見市北4条西2丁目11-1

スーパーホテル 北見
↑北見駅から徒歩5分。市内中心街にあります。

JR北見駅より徒歩5分。繁華街に近くビジネス・観光に大変便利

オホーツク海側の中核都市北見の中心街に建つ。自動チェックイン機など最新の設備で24時以降クローズした後も暗証番号の入力で出入りがOK。部屋も清潔感があり、全室ダブルベッドがまた嬉しい。

スーパーホテル 北見

スーパーホテル 北見画像1 スーパーホテル 北見画像2 スーパーホテル 北見画像3

天然温泉常呂川(ところがわ)の湯 ドーミーイン北見

〒090-0044 北海道北見市北4条西2-7番-1

天然温泉常呂川(ところがわ)の湯 ドーミーイン北見
↑男性内風呂

2月1日グランドオープン、宿泊者無料の天然温泉大浴場完備!

JR北見駅より徒歩3分の好立地。夜通し利用可能な男女別天然温泉大浴場(サウナ付)完備、全室シモンズ社製ベット、高速ネット接続とCS放送5ch無料!

天然温泉常呂川(ところがわ)の湯 ドーミーイン北見

天然温泉常呂川(ところがわ)の湯 ドーミーイン北見画像1 天然温泉常呂川(ところがわ)の湯 ドーミーイン北見画像2 天然温泉常呂川(ところがわ)の湯 ドーミーイン北見画像3

東横イン 北見駅前

〒090-0040 北海道北見市大通西2-4

東横イン 北見駅前
↑ブルーのネオンが目印

オホーツクエリアへのアクセス抜群

駐車場代無料!!北見駅/バスターミナルから1番近いホテル。朝食はおにぎり・お味噌汁・コーヒー無料。夕食はカレーライス1時間限定無料。ビジネスに観光にぜひご利用ください。

東横イン 北見駅前

東横イン 北見駅前画像1 東横イン 北見駅前画像2 東横イン 北見駅前画像3

ホテルパコジュニア北見

〒090-0020 北海道北見市大通東2丁目

ホテルパコジュニア北見
↑外観

JR北見駅からすぐの好立地。国道沿いの為アクセスは最高

全室インターネット無料接続。ビジネスルームにはパソコンもあるのでビジネスユースには最高。ベッドもゆったりしているのでグッスリ休めること間違いなし。地元の食材を使った朝食も大好評。

ホテルパコジュニア北見

ホテルパコジュニア北見画像1 ホテルパコジュニア北見画像2 ホテルパコジュニア北見画像3

北見

北見 北海道 北見での観光

宿泊する宿からの送迎バスが北見まででています。阿寒から9:30出発です。それから14:00ごろに女満別空港行きのバスに乗るまでの時間の潰し方を考えています。ハッカに興味があったので、ハッカ博物館(?)を楽しみにし....

  北海道 北見での観光の詳細


北見 北見周辺でデート

初めまして。今度、都会から彼氏がやってきてデートすることになったのですが、拠点が北見になりました。それで北見周辺でどこかいい所ありませんかね;私もあまり詳しくなくて。ちなみに相手は車なしなので、公共のもの....

  北見周辺でデートの詳細


北見 車なし・一人旅の北見

友人を訪ねて北見に行こうと思っています。1)早朝に到着するのですが、4時〜10時くらいの時間をつぶせる場所(漫画喫茶など)は北見駅周辺にありますか?2)友人と予定が合わず、一部一人での行動に....

  車なし・一人旅の北見の詳細


北見 北見はっか飴

大阪市・西宮市で北見はっか飴(北海道産)を売ってるお店を教えてください。緑の包み紙に包まれてるミントの葉っぱの形をした飴です。よろしくお願いいたします。....

  北見はっか飴の詳細


北見 旭川 北見

お盆に北海道へ旅行へ行きます。旭川と北見の駅周辺に泊まりますが、お勧めの夕飯を食べるお店を教えてください。料理のジャンルはなんでもOKです。宜しくお願いします。....

  旭川 北見の詳細


北見 北海道北見市で見れるアニメについて

今度北海道北見市に引越しすることになりました。北海道は見られるアニメが少ないと噂で聞いたのですが実際のところどうなのか知りたいです。今現在、北見市にお住まいの方、今放送中のアニメ(出来れば全て)教えていただければ幸いです....

  北海道北見市で見れるアニメについての詳細


北見 北見→札幌の高速バス,遅れの状況は?

いうち(7月中の平日)に,札幌から北見に行く用事があります。北見で用事が終わるのは夕方過ぎですが,都合につきその日のうちに札幌に帰る必要があります。で,北見19:20発札幌行きの高速バス(昼行最終....

  北見→札幌の高速バス,遅れの状況は?の詳細


北見 高校サッカー選抜網走地区予選のみどころ

権大会北海道網走地区予選の見どころや有力校などを教えて下さい。出場校は北見北斗、北見柏陽、女満別、美幌、訓子府、清里、北見工業、紋別北、遠軽、北見商業、斜里、留辺藻、北見緑陵、網走向陽、小清水、佐呂間・常呂、網走南ヶ丘です....

  高校サッカー選抜網走地区予選のみどころの詳細


北見 北見のペットショップ

北見市のペットショップでシマリスを売っている所を知りませんか?どなたか教えてください。....

  北見のペットショップの詳細


北見

湧別・サロマ湖(by me〜♪さん)

北見
滝上の芝桜を満喫した後、次はサロマ湖へ向かった。
サロマ湖はオホーツク海岸の紋別郡湧別町、北見市、常呂郡佐呂間町にまたがる湖。面積は約152km²で、琵琶湖、霞ヶ浦に次いで日本で3番目に大きい。

【旅行時期】2006/06/03~2006/06/03
【エリア】サロマ湖・湧別
【テーマ】自然・動物
【投稿者】me〜♪

滝上公園 芝ざくら(by me〜♪さん)

北見
数年前から行きたいと思いながら都合が付かず見に行けなかった滝上町の芝桜。
念願叶って今年は見に行けた♪
午前3時頃に札幌を出発。
紋別方面向かうにしたがって、だんだん空が明るくなって夜が明けて行く。この光景も私は大好き。
7時頃に滝上公園に到着。目の前には広大なピンクのじゅうたんが広がり
芝桜が朝露でキラキラ光ってキレイだった。

【旅行時期】2006/06/03~2006/06/03
【エリア】紋別
【テーマ】花見・紅葉
【投稿者】me〜♪

2006年 滝上町 芝桜(by hiさん)

北見
深夜3時出発の日帰り、久しぶりの遠出になります。
札幌から紋別方面へ走り、現地到着は7時。
朝から結構な人が来てたのには驚きました(笑)

芝桜は満開を過ぎた頃で、この週末が最後って感じかな〜
去年は行けなかったけど、今年はなんとか来ることが出来たし
天気にも恵まれたので良しとしよう(^^;

【旅行時期】2006/06/03~2006/06/03
【エリア】紋別
【テーマ】花見・紅葉
【投稿者】hi

2002年 梅小路蒸気機関車館へ(by hiさん)

北見
関西へ仕事で行ったついでに見てきました(仕事がついでか?)
下調べも無く、突然行ったので保管車両すら把握してませんでしたが
私が幼い頃に走ってたSLを見ることが出来て感動しました。

【旅行時期】2002/10/~2002/10/
【エリア】京都駅周辺
【テーマ】鉄道・乗物
【投稿者】hi

網走〜美幌峠〜屈斜路湖(01/8/15)(by たらこさん)

北見
美幌峠より屈斜路湖を望む

この日も晴れ。朝から強い陽射しが照りつける。とりあえず歯を磨き顔洗って出発。途中コンビニによって朝ご飯。しばらくしたら見えてきました網走監獄。入場料を払って中を見学。関係ないけどこの日はホントに朝から暑かった…。冷房なんてないためところどころに氷が置いてあったんですが、それもほんの気休め。館内を回ると約1時間ぐらいなんですが、それだけでヘトヘトになってしまった2人でした(^_^;)再び車を走らせ向かう目的地は屈斜路湖。とその前に美幌峠で休憩!

ここ美幌峠は、国道243号線の美幌町の弟子屈町の境界にあり標高は493m。 画像の向かって右側に見えるのは和琴半島で、向かって左側にはパラグライダーなんかも見えます。ここ美幌峠は幸せの黄色いハンカチ?で武田鉄矢と桃井かおりが一緒に写真と撮るシーンがあったりして、ホントにここは景色がきれいだったです。あたりに広がるのは熊笹で、レストハウスでは熊笹のソフトクリームなんかも食べれます。小腹も空いたのであげいもも頬張っていざ屈斜路湖へ。

【旅行時期】2001/08/11~2001/08/16
【エリア】屈斜路
【テーマ】
【投稿者】たらこ

47都道府県制覇への道(by 子狸ポンタさん)

北見
マイページの国内訪問地図は26都道府県ですが、実際は2/3くらい訪問しています。
そこで国内旅行大好きな子狸ポンタが過去に訪れた都道府県の写真を紹介します。目指すはもちろん47都道府県制覇して、ここに47枚写真を残すことです。これからも未踏の都道府県を訪れたら随時ここに写真を掲載していきます。
なお、ここに載せている写真はどれも今までの旅行記未公開写真(のはず…)です!
まだ行ったことない都道府県は、東北と日本海側に集中しているので、今後は東北と日本海を中心に旅していきたいです。
【2007年4月24日:秋田県の写真を追加】

【旅行時期】2001/02/09~2007/04/21
【エリア】神奈川県
【テーマ】
【投稿者】子狸ポンタ

日本の旅 みちのく文学を辿る【7】 青函トンネルの吉岡海底駅と青森市(by さすらいおじさんさん)

北見
青森〜函館間を結ぶ「青函トンネル」は全長53.85km、海面下240m。
1946年4月の地質調査開始から1988年3月からの津軽海峡線開業まで42年の歳月をかけて建造された、ドーバー海峡トンネル49.2kmを凌ぐ世界一の全長距離を誇るトンネルだ。工事は困難を極め1964年の工事開始からでも完成まで24年を要している。極めて困難と考えられた工事を完遂させた一つに1954年9月26日に発生した「青函連絡船・洞爺丸事故」がある。台風15号(洞爺丸台風)によって洞爺丸は転覆沈没し乗員乗客1314人中1155人が亡くなるという悲惨な事故だった。さらに、僚船第十一青函丸、北見丸、日高丸、十勝丸の4隻も転覆沈没し、全5隻の犠牲者は1430人となり戦争を除けばタイタニック号沈没に次ぐ世界第二の規模の海難事故だった。この事故をきっかけに、本州と北海道を地続きにする青函トンネル構想が急速に具体化されたのだがこの経緯は岩川隆の原作で1982年に映画化され高倉健と吉永小百合がトンネル技術者夫婦役で主演した映画「海峡」に詳しく描かれている。私はこの映画を見て是非トンネル内の海底駅を見たいと思っていた。津軽海峡線に乗り北海道側の海底145mの吉岡海底駅で途中下車したが、工事のプロセスが解り易く展示されており、丁寧な説明を受けたうえに「青函トンネル体験証明書」というパスポートのようなものももらった。海底駅の見学は、難工事の状況と日本の技術力の高さを改めて認識した体験だった。
 青森市の街並みを津軽海峡線に乗る前に歩いた。青森市は寺山 修司(1935−1983年、劇作家、詩人、作家、映画監督)が幼児から高校を卒業するまでの大半を過ごした街だ。9歳で父を亡くし母がベースキャンプに出稼ぎに出たため幼くして一人暮らしをしたり青森県歌舞伎座に引き取られ、扶養されたりしている。1969年にカルメン・マキが歌って大ヒットした「時には母の無い子のように」は寺山 修司の子供時代の母のいない寂しさを詩にしたように思う。詩もメロディーも素晴らしい曲だ。

時には母の無い子のように」
寺山修司 作詞 田中未知 作曲

時には母のない子のように
だまって海をみつめていたい
時には母のない子のように
ひとりで旅に出てみたい
だけど心はすぐかわる
母のない子になったなら
だれにも愛を話せない
時には母のない子のように
長い手紙を書いてみたい
時には母のない子のように
大きな声で叫んでみたい

修司が青春時代を過ごした青森市をみることができたのは良かった。1997年7月には修司が生まれた三沢市に、母・はつより寄贈された修司の遺品を保存展示する「寺山修司記念館」が設立されたそうだが、一度足を運んでみたいと思っている。(写真は津軽海峡線の車窓から見る光景)


【旅行時期】1993/05/22~1993/06/03
【エリア】青森・浅虫温泉
【テーマ】歴史・文化・芸術
【投稿者】さすらいおじさん

1986年北海道鉄道旅行 思い出し旅行記(by ジルルカさん)

北見
皆様の原点となった旅はなんですか?
私の原点となった旅は、1986年、当時中学1年生だった時に友達と二人で行った北海道への鉄道旅行です。
今でこそ飛行機にどっぷりつかっている私ですが、当時は一人の鉄道少年でした。
当時の私にとっては北海道(の鉄道)はまったく未知の世界で強烈なあこがれを抱いていました。中学に入り親からの許可も出て勇躍北海道に向かったのです。
今振り返ると、もっと有意義な旅行のプランもあっただろうにと思いますが、当時の私には精一杯のプランだったような気もします。

この旅行記は当時を思い出しながら書きました。なにせ20年前でしかも中学1年生のことですのであいまいな点、思い込み等多々あるかと思いますが、お付き合い頂ければ幸いです。


<1986年8月7日>
いよいよ念願の北海道旅行への出発、大阪駅で友人と待ち合わせ
朝8時頃の急行「たかやま」の自由席に乗り込んだ。
持っている切符は北海道ニューワイド周遊券、本州内は急行の自由席に追加料金なしで乗れるので嬉しい。
「たかやま」の車内のことで記憶に残っていることは正直全くない・・・岐阜で降り、後続の普通で名古屋に駒を進める。
名古屋駅では母方の祖母が待っており、駅弁「とりめし」を差し入れてくれた。
名古屋から浜松行きの快速に乗る、当時は東海ライナーと呼ばれていた117系の快速、関西の新快速で見慣れている車両。
浜松で乗り換え金谷で途中下車。
金谷で降りたのはもちろん、大井川鉄道のSLを見るため。SLを見るのは、その2年前の1984年に父方の祖母と山口へ「SLやまぐち号」に乗りに行って以来2回目。
金谷で見たのはC56の44号機が引く列車だったと思う。
金谷からは静岡から急行「東海4号」になる普通に乗り、一気に東京に向かう。その日の「東海4号」はがらがらで付近に乗客がいなかったのでずっと窓を全開にして景色を楽しんだ。
東京に着いたのはもう夜、すぐに山手線に乗り換え上野に向かう。
上野から乗る予定の秋田行きの臨時寝台急行「おが」までは2時間ほどあり、まずは駅ソバで晩ご飯、たしか「たぬきそば」を頼んだら大阪のとは全然違う醤油味のソバでカラシ?が椀に盛られていてびっくりした。しょっぱいソバだった。
「あけぼの」や「出羽」「北陸」など今まで見たことのなかった列車を見て大満足し、「おが」のB寝台に乗り込む。
「おが」は20系客車だった、結局20系寝台車に乗るのはこれが最初で最後の経験となった(20系座席車は急行「だいせん」で何度か乗った)。

<1986年8月8日>
なにせ東京以北(以東?)に来るのは初めてなので、何から何まで珍しく、眠れない。
黒磯、福島の機関車交換もしっかりみて、米沢あたりでやっとうとうとする、でも20系の3段寝台はやっぱり狭い。
朝になり終着の秋田で下車。
ここで上野からの急行「津軽」に乗り換える、「津軽」は14系座席車だったと記憶している。
さすがに客車列車だけありのんびりという感じで走ったが、終着間近の弘前から先で、急に行き違いの為の運転停車が増えなかなか青森に着かない・・・やっとという感じで青森に着いた時には午後になっていた。
青森からは青函連絡船、もちろん初めての乗船。鉄道少年だった僕が船に心惹かれるのも変だが、乗りたくて乗りたくて仕方なかった・・・やっと夢がかなう。
シップは「羊蹄丸」。確か青森桟橋発16時くらいだったと思う、特に本州からの接続列車のない便だったので船内はがらがらだった。船内食堂で「海峡ラーメン」を食べる、これも夢だった。
函館に近づき甲板に出てみる、もう真っ暗だった、だんだん函館の灯りが近づく、タグボート?が接舷し岸壁横でグルーっと180度旋回する。あんな大きな船体が回る、すごい迫力だった。函館桟橋着。
いや〜、北海道初上陸。中学1年の私は海外に来たような気分になっていた。
函館からは夜行の普通列車で札幌に向かう。

<1986年8月9日>
函館から札幌行きのの夜行列車は函館線経由の普通列車と室蘭線経由の臨時急行「すずらん」があったと思う。
今日は函館線経由の普通に乗る、旧型客車で編成された列車で最後尾の1両はカーペット車だったと記憶している。
早めに入線してきたので乗車し出発を待つ、車内はがらがらだった・・・が、出発間際に連絡船が到着すると遠くから走る足音が聞こえてくる、乗り継ぎ客がみんな走ってくる。あっという間にほぼ8割の乗りになり、びっくりする。
中学生の2人組は珍しいのか、前の席に座った大学生がしきりに話しかけてくる、旅慣れた方のようでいろいろと北海道について教えてもらう、「俺は倶知安で降りて胆振線に乗るけど、一緒に来ない?」と誘われるが初志を貫いて札幌に向かう。結局、胆振線は乗る機会がないまま廃線になったので今となれば彼の誘いにのっていればよかったなと思う。
朝になって札幌着。時計台を見学してから駅構内のハンバーガー屋で朝食、ポテトフライがマックのようなフライではなく、皮付きにポテトフライでとっても美味しかった。
ここから何故か来た道を帰り小樽に戻る、あまり記憶はないのだが当時の切符を見ると銭函と小樽築港で途中下車している。
小樽からは急行「ニセコ」函館行きに乗る、「ニセコ」は14系座席車で編成されていた。
小樽乗車時ですでに空席がなく、最後尾の車掌室の横の後ろが見えるデッキに陣取って流れる景色を見ていた。ここでも車掌さんが話掛けてくる「何年生?」「どこから来たの?」等など・・・
「ニセコ」は倶知安で暫く停車、一旦外に出ようと改札に向かうと車掌さんも後ろをついてきて改札の人になにか話している。
列車に戻ると車掌さんが「ほら、これ胆振線の車内補充券、日本一大きい切符なんだよ」と言って1枚ずつ切符をくれた、先程わざわざ改札まで行っていたのはこれを貰いに行ってくれていたのだ、感動してお礼を言う。
倶知安で降りた人も多く、親切な車掌さんの薦めで空いている自由席に移る。函館本線の小樽〜長万部には山線という異称があるが山線は景色がほんとに綺麗だった。長万部で下車。
長万部からは網走行きの特急「おおとり」に乗車した、満席だったので食堂車に行く、しかしお金がないのでライスとサイダーという今となっては赤面ものの取り合わせの食事をする、不憫に思ったのかウエイトレスの方がお漬物をたくさんおまけしてくれた。「おおとり」は伊達紋別で下車。
ここからの記憶は正直言って曖昧、普通列車で東室蘭まで行き、千歳空港(現在の南千歳)まで臨時の気動車急行に乗ったような気がするがどうも思い出せない。
夕方になり千歳空港から臨時の急行「狩勝」に乗り換えるて石勝線に歩をすすめる、この列車も満席でデッキに立つ。楓駅の変わった構造を車内から見た記憶がある。
急行だが臨時なのと対向列車が遅れているようで新夕張、占冠で長時間停車し、今日の目的地新得に着いた時はもう暗かった。
今日のお宿は当時新得にあったSLホテル、SLと寝台車(確か20系のA寝台車だったと思う)のホテル。駅で電話をすると車で迎えに来てくれた。
晩ご飯はジンギスカン、やはりかなり疲れていたのかすぐに眠りに就いた。

<1986年8月10日>
今日は早起きしてホテルの方に駅まで送ってもらった。
普通列車で帯広まで移動、そこで士幌線に乗り換える。帯広からは「愛国から幸福ゆき」の切符で有名な広尾線も出ており、どちらに乗ろうか迷ったのですが、一部がバス代行路線という士幌線を選びました。
そうなのです、この士幌線、途中の糠平から終点の十勝三又までは上士幌タクシーという会社がバスで代行運転していたのです。
列車が糠平に着くと駅前にバスが待っていました、今日は超満員で中型バスと小型バスの続行運転になりました。
終点の十勝三又に着くと、降りる人のほぼ全員が周遊券を見せて降りていた、実際にこの区間のためにお金払って乗っていた人は見かけなかったので経営的に大丈夫なの子供心に気になった。
十勝三又は草に埋もれた転車台があるだけで他に何も無かったような気がする。折り返し便で帯広に戻る。
帯広からは特急「おおぞら」で釧路に行く、帯広で降りた人の席に座れた、この列車も混んでいたのでラッキー。
釧路で1時間ほどの乗り継ぎ、荷物をプラットホームに置いて改札を出る、戻ってくると僕達の荷物を囲んで駅員さんたちが鳩首会議・・・忘れ物と思ったそうだ、お騒がせしました。
釧路から釧網線の急行「しれとこ」に乗車した。
車内は五分の乗りで、静かで落ち着いた雰囲気だったが、斜里駅に着いた途端様子が一変した、ユースホステルのお迎えかお見送りかわからないが、大勢の人々が歌を歌って踊っていた・・・UFOの歌だった、えらいパワフルだった。
網走に着いた、ここで急行「大雪」に乗り換える。

<1986年8月11日>
今日のお宿は札幌行き急行「大雪」の自由席、14系座席車。
方向転換のある遠軽までは起きていようと思っていたが、北見で限界・・・朝、岩見沢付近で目が覚める。
札幌では2日前にも食べたハンバーガー屋で朝食、やはり美味しい。
札幌からは天北線経由稚内行き急行「天北」に乗る、この「天北」車両運用の関係で昼間の急行なのに14系座席車と14系寝台車で編成されていて、寝台車は自由席車として使われていた、もちろん寝台車の自由席に乗車する。
お盆も近いせいか車内は満席、浜頓別に帰省するというご家族と同じブロックになり、お弁当などをおすそ分けしてもらう。
「天北」で印象に残っているのは、車内販売の「かつサンド」がすごく美味しく友人と2人で4箱も食べてしまったこととやはり昼間に乗る寝台車の雰囲気、上段寝台でのお昼寝は気持ちよかった。
天北線分岐の音威子府駅名物の駅ソバを車内に持ち込んで食べる、浜頓別で下車する先ほどのご家族からは食べ切れなったパックのお寿司をもらう・・・が、これが納豆巻きで、関西生まれの二人は食べれなかった・・・今日は食べてばっかりの一日。
南稚内で再び宗谷線と合流して、あと1駅。あの南稚内から稚内の最後1駅間の軽く流す感じの走りも印象的だった。
いよいよ最果ての地、稚内着。列車から降りると「宗谷岬」の歌がホームにながれていた。
稚内には友人の親戚がおり、今晩はそこにご厄介になる。
車で元国鉄稚泊航路の桟橋に連れて行ってもらった、確か最北の碑と蒸気機関車があったような覚えがある。

<1986年8月12日>
早くも今日で北海道とお別れにになる。
今朝は宗谷線経由の札幌行き急行「宗谷」で出発、「宗谷」も昨日の「天北」と同じ理由で14系座席車と寝台車の混結、迷わず寝台の自由席に座る。
幌延から羽幌線に乗り換える予定だが、時間があるので一旦通り越して手塩中川まで行って普通で折り返してくる。
天塩中川は急行停車駅だが無人駅で近くのお店が切符を代行販売していてびっくりした。
幌延からは羽幌線、海沿いを走るがあまり記憶がない、留萌線に乗り換えて深川着、札幌には夜に到着した。
札幌駅では函館行きの函館線経由特急「北海」と室蘭線経由「北斗」が同じホームの左右に停まっていてホームは大混雑、どちらに乗っても同じ連絡船に接続するけど、少し空いてそうな「北斗」に乗り込む、奇跡的に座れた。
さて、中学1年での北海道旅行をするにあたって親と一つだけ約束をしたことがあった、それは毎晩必ず電話を入れること、しかしこの晩は札幌駅ホームが大混雑で乗り継ぎ時間もあまりなく電話をすることができなかった。すると「北斗」が東室蘭を発車した直後車内アナウンスが流れた「兵庫県宝塚市からお越しの○○○○様、お伝えしたしたいことがございます、車掌がお通りの際にお申し出ください」・・・母が私の乗る列車を想定し東室蘭駅に電話したのだそうだ、「北海」に乗らなくてよかった・・・結局内容は「家に電話してほしい」とのことだった。
深夜0時を過ぎて函館着。ほんとに短い期間だったが素晴らしかった北海道に別れを告げる、感傷に浸りたいところだが列車の遅れで連絡船深夜便の乗り継ぎ時間も短い、取り急ぎ公衆電話を探すが全て使われていて仕方なく電話を掛けずに船に乗り込む。行きと同じ「羊蹄丸」だった。

<1986年8月13日>
今晩は青函連絡船深夜便ということもありグリーン指定席を予約してある、列車のグリーン車よりもリクライニングの角度が広く快適。
桟橋出航を甲板で眺めて席に着くとすぐ眠ってしまい、目覚めると既に青森桟橋に接岸していた、確か3時間50分の航海だったと思うので青森着は4時過ぎか。
青森では連絡船の接続を受ける盛岡行きの特急「はつかり」と大阪行きの特急「白鳥」がホームで待っていたが、そのどちらにも乗らず今日は普通列車だけで移動し、東京発の大垣行き夜行列車につなぐ予定なのでホームで普通を待つ、するとホームのスピーカーから「兵庫県宝塚市からお越しの・・・・・」そうそう電話するの忘れてた、早速電話をする。
青森から普通の盛岡行きに乗り込む、12系客車の編成だった。
盛岡で50系客車の一ノ関行き、さらに乗り継ぎを重ねて仙台まで来るがさすがに普通ばっかりの乗り継ぎに飽きてきた、友達と相談して常磐線経由の特急「ひたち」か東北新幹線に乗ることにする。結果東北新幹線を選ぶ、確か宇都宮まで乗ってそこで普通に乗り換えたと思う(なんとなく小金井駅の駅名標を覚えているので)。
山手線に乗り換え21時頃東京に着く、大垣行きのホームに上がると既に大混雑!!初めての大垣夜行で、しかもお盆前という状況を甘く見ていた、まさかこんなに混むもんだとは・・・とても座れそうにない。
列車が入線して乗車開始、やはり座れずに先頭車の運転席後ろのデッキで立って一晩過ごす覚悟を決めた。
定刻23時25分東京発車。

<1986年8月14日>
やはり中学生の2人組は珍しいのか周りの人が気を使ってくれて混んでいるデッキにわざわざ座るスペースを作ってくれた、他の皆さんは立っているのに申し訳ないと思いつつ、もう体力の限界だった、ありがたく座り込むとすぐ寝てしまった。
豊橋で目が覚める。
この後友人は名古屋から新幹線で大阪に戻り、私は名古屋の実家に帰省中の母と合流してお盆を名古屋で過ごす。
6時過ぎ名古屋着。一応私にとってはこの旅行の終着地だ、ほんとに楽しかったけど、やはり中学1年にはかなりのハードな旅だったようだ、その日に母の実家に帰って眠った私は翌日の夕方までずっと眠っていたそうだ。

旅行記 【終わり】

先日この旅行記を書こうと久しぶりに手元の最新(と言っても手元には3年前の2003年のしかなかった)の時刻表を見てみました。
すると86年に乗った急行列車はもうほとんど廃止されていて、青函連絡船を初め北海道のローカル線もだいぶ廃線になっていました、そもそも国鉄がなくなったんですもんね。
もう20年前で記憶に残っていない事も多く残念だけど、あの時代の北海道を味わえて良かったと思います。
最近はなかなか鉄道で旅行に出る事も少なくなったのですがこれを機会に久々に鉄道旅行をしたくなりました。

長い文章にお付き合い頂きありがとうございました。ご意見ご感想等頂ければ幸いです。

【旅行時期】1986/08/07~1986/08/14
【エリア】札幌(北口・大通り)
【テーマ】鉄道・乗物
【投稿者】ジルルカ

ばんえい競馬存続記念帯広ツアー(by redrum64さん)

北見
昨年暮れ、廃止の危機から這い上がったばんえい競馬。
これからは帯広競馬場の単独開催となりますが、とにかく北海道遺産のひとつである「ばんえい」がまた観られるとあって、今回は一人旅ではなく、ばんえい競馬初心者の友人(3人)を引き連れての来勝。
もちろん他の観光も楽しみたいと思いますがあくまでメインはばんえい競馬!これを機会に友人たちにもばんえいの魅力を知ってもらえればと思っています!にせツアコンとしての責任重大!?

主な登場人物

S男君(男。redrumより背が高い)
Y子ちゃん(女。酒豪)
S美さん(女。大井競馬場でリッキーに跨った経験あり)
redrum64(男。ただの馬好き)

ばんえい競馬HP
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  • 【旅行時期】2007/01/20~2007/01/21
    【エリア】帯広
    【テーマ】スポーツ観戦
    【投稿者】redrum64

    春まだ遠き北の大地へ3 〜銀河線で池田牛を目指す!〜(by 旅猫さん)

    北見





    友人宅で楽しい一夜を過ごし、翌朝は、友人の「もうすぐ廃止になる鉄道があるので乗ってみれば。」との勧めに乗り、車で北見駅まで送ってもらった。

    北見駅前で友人と別れ、その廃止となるという「北海道ちほく高原鉄道」に乗車。
    この鉄道は、以前、国鉄池北線だった路線で、学生の頃、初めて北海道を旅したときに一度乗ったことがありました。
    前に乗ったときは9月、今回は吹雪の中の旅となりました。
    目指すは、池田牛のハンバーグ!

    【旅行時期】2006/03/17~2006/03/21
    【エリア】池田・浦幌
    【テーマ】グルメ
    【投稿者】旅猫

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